2014年度第4回研究会:「近代小説と情動あるいは風景をめぐるいくつかの思弁」

科学研究費・基盤研究(B)「マニフェスト・デスティニーの情動的効果と21世紀惑星的想像力」

2015年2月23日(月)[(土)となっておりましたが誤りです。失礼しました]17:00~19:00 成蹊大学10号館2階第2中会議室

講師:遠藤不比人

講師紹介:成蹊大学文学部教授 博士(学術、一橋大学、2012年)。著書に『死の欲動とモダニズム——イギリス戦間期の文学と精神分析』(慶應義塾大学出版会、2012年)、編著書に『日本表象の地政学——海洋、原爆、冷戦、ポップカルチャー』(彩流社、2014年)、訳書に『死の欲動と<現代思想>』(みすず書房、2010年)、論文に “The Death Drive of Revolution/Counter-Revolution” (a): The Journal of Culture and the Unconscious 8:2 (2011-12) などがある。

2013年に出版されたFredric JamesonのThe Antinomies of Realismはいわゆる昨今の「情動理論」において異彩を放つ書物となっている。近代小説の根幹たるrealismを資本主義の発達段階に応じて変容する物語的形式と見なすのは彼としては当然であるが、その文脈で「情動」をrealismの歴史的発展における弁証法的否定性として措定していることは注目に値する。いわば近代的/資本主義的諸現実(矛盾)を象徴化する物語装置としてのrealismは、その歴史過程において自らを内部から否定する「過剰」として情動を宿すことになる。これはこれまでの情動理論が着目してこなかった問題系である。この議論を十分に歴史化すべくいくつかの補助線を引くことにより、近代(小説)と情動という主題に関して新たな視点を獲得したい。その補助線とはPaul de Manの論文“The Rhetoric of Temporality”と柄谷行人『日本近代文学の起源』である。Jamesonとde Manと柄谷の間に存在する不可視の対話を可視化することは、従来の「情動理論」への有効な介入になるのと同時に、その批評的なポテンシャルをより鮮明にすることにもなるだろう。またこの文脈において「風景(描写)」が近代小説において帯びる特殊な意味も明らかになる。ちなみにこの論点は部分的に拙稿「リアリズム/ユートピアの弁証法をめぐる情動論的断章——三浦玲一の追悼のために」『レイモンド・ウィリアムズ研究』第5号(2014年)において展開されている。

どなたにも無料で参加していただけますが、会場整理の都合上、hibinoあっとまーくfh.seikei.ac.jpに前日までにご連絡ください。

研究代表者:下河辺美知子(成蹊大学) 研究分担者:巽孝之(慶應義塾大学)・舌津智之(立教大学)・日比野啓(成蹊大学)